ずい分前ですが
芦田愛菜ちゃんが主演映画の 完成イベントで
『信じる』ことについて語ってらしたのが
ずっと心に残ってます。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが
文字に起こした記事を載せますね。
「『その人のことを信じようと思います』っていう言葉ってけっこう使うと思うんですけど、『それがどういう意味なんだろう』って考えたときに、その人自身を信じているのではなくて、『自分が理想とする、その人の人物像みたいなものに期待してしまっていることなのかな』と感じて」
「だからこそ人は『裏切られた』とか、『期待していたのに』とか言うけれど、別にそれは、『その人が裏切った』とかいうわけではなくて、『その人の見えなかった部分が見えただけ』であって、その見えなかった部分が見えたときに『それもその人なんだ』と受け止められる、『揺るがない自分がいる』というのが『信じられることなのかな』って思ったんですけど」
「でも、その揺るがない自分の軸を持つのは凄く難しいじゃないですか。だからこそ人は『信じる』って口に出して、不安な自分がいるからこそ、成功した自分だったりとか、理想の人物像だったりにすがりたいんじゃないかと思いました」
愛菜ちゃん、まだ高校生なんですよね?
なんて聡明な女の子かと驚きました。
『揺るがない自分の軸を持つ』・・・かぁ。
愛菜ちゃんのお話聞いてるうちに、なんだか
強くなりたい
優しくなりたい
ナンテ。(笑)
若くても、彼女の人となりですかしらね?
こんな歳の人間でもww
素直に共感させられるものがありました。
確かに
たとえ
家族であろうと友であろうと恋人であろうと
その人のすべてを知ってるナンテ
あり得ないんですよね。
でも、自分の眼で見てるその人がすべてだと
思い込んでるから、思いたいから
その人の見えない一面を目の当たりにすると
困惑したり、失望したり。
けれど
<信じる>って事を
愛菜ちゃんが言うような視点で
捉える事が出来たなら
自ずと、<裏切られた>って思いも
違ってくるわけで…
そしてそれによって、もしかすると
自分が囚われてたネガティブな感情から
解き放たれる場合もあるのかもしれない。
けど、ソコへ到達するためには
自分と向き合う強さとか
自分を受け入れる優しさが必要で
果たして私は
そんな強さや優しさを持つ事が出来るのか?
と、考えた時に
いや〜自信無い…って。(^◇^;)
ホント
愛菜ちゃんが言う通り
『揺るがない自分の軸を持つ』って
なかなか難しいんだと思いますねぇ…。
で、ww
夕食後
直ぐに夫が居眠りを始めたんで、思わず
「ちょっと~信じられない」(笑)
あ~私の<信じる>は
なんて軽いのかしら・・・。(^^ゞ
またww、娘にピアスを作りました。
気に入ってくれたら嬉しいな。(^-^)